
東大阪ブランド推進機構は、東大阪市が進める「メードイン東大阪ブランドCI運動展開事業」を推進することを目的に平成14年12月に組織された団体です。


常に魅力的な製品づくりに取り組む東大阪ブランド製品製造企業の
モノづくりに対する熱い思いを紹介していきます
インタビュー:石川社長
困難な依頼、未開拓の分野
挑戦こそが企業力を高める
スタートはチョコレートの製造
当社が事業を開始したのは昭和24年の6月です。最初は「日之出食品㈱」という社名でチョコレートの製造を行っていました。当時はまだチョコレートが珍しかったため売上は良好で、販売店を建てるまでに人気を集めました。しかし10年ほど経つと徐々に安価で普及し始め、売上は落ち込んでいきました。そんな中、使わなくなったチョコレート押出機を使ってなにかつくってみよう、と考えました。これがプラスチック成形を行うようになったきっかけです。
まず初めに取り組んだのがビニールホースの成形でした。製造していたチョコレートの形状がタバコのような円柱のものであり、その機械をほとんどそのまま使用できたためです。もちろん当時すでにホースは製造されていましたが、当社はより質の高い素材を用いて製造し、高級ホースとして売り出すことで他社製品との差別化を行いました。なおこのホースは現在も製造しており、多くの企業様に愛用いただいています。
未開拓の分野をチャンスと捉えて
その後は依頼に対応する形で、製造品種を広げていきました。なかでも特に積極的に取り組んだのが、「柔らかい素材」の成形です。というのも、硬い素材は一度成形すれば形が崩れにくいので比較的加工が簡単とされていましたが、柔らかい素材は変化しやすいため成形にあたって常に注意が必要であることから、あまり他の企業が手を付けていない分野でした。当社はここをチャンスと捉え、あえて「柔らかい素材、なんでも対応します!」という内容のポリシーを掲げて発注を募りました。
ポリシーを掲げることでより多くの依頼をいただける
インタビュー:川端社長
当社の一番の財産、それは「人とのつながり」です
アートネジ誕生
ネジといえばできるだけ目立たないように隠してしまうもの。これは多くの人持っている共通のイメージだと思います。しかし、ネジ製造業の一家に生まれた私にとって、ネジはただの部品ではなく、強い思い入れのある存在でした。「何かネジのイメージを変えるもの、ネジの可能性を広げられるものをつくれないか」そんな思いから、アートネジ開発に取り組みました。
デザインに関する専門的な知識などはありませんでしたが、異業種交流会が開くデザインの勉強会などに参加し、独自にデザインの考案を進めました。朝から夕方までは本来業務であ
インタビュー:別所 社長
モノづくりのまちで
モノづくりができる喜び
大和化成商事株式会社
当社は今から約20年前に商社として事業をスタートし、その後すぐに現在のフィルム製造業を主要業としました。創業当時は先代社長である父と母の二人だけで事業を行っていました。
現在の東大阪の事務所を設置したのは今から約15年前です。その後淡路島に工場を設立して、製造の拠点をそちらに移しました。現在の主な業務はマスキングフィルムの製造ですが、その他にも東大阪ブランド認定製品である「ノンセパ」や「ブロードタック」のような自社製品の開発・販売も積極的に進めています。
ノンセパとブロードタックの開発
ノンセパについては、約20年前、創業とほぼ同時に販売を開始しました。同製品は離型紙(台紙)を省いたラミネートフィルムであり、工場内から出るごみを削減できることと、体積が減少するため輸送コストを削減できることが特徴に挙げられます。先代の社長の頭の中に元々あったアイデアを製品化したもので、開発当初から非常に大きな反響がありました。様々な業界で活用され、中でもタイヤ用ラベルの業界ではシェアを独占する状態が続きました。近年では海外からの類似製品が出回るようになりましたが、食品用ラベルなど、新たな業界からの需要も増えています。
インタビュー:尾寅 社長
お客様の想い描くイメージを
スピーディーにカタチにする
設立36年の歴史
先代(父親)は商業包装用紙全般を取り扱う大手パッケージメーカーで働いました。そこで得たノウハウを活かし自分で事業をしようと独立したのが、そもそものはじまりだと聞いています。
モノづくりが好きだった父は、前職で身に付けた設計技術を武器に、他の箱屋が嫌がるような複雑な形状の箱などを設計し、細かい要望にも応える『多品種小ロット』の仕事をその頃からしていました。当時、製造は発注し、自社では企画設計・販売のみを行っていましたが、時代は高度成長期、発注先では他社から大量にダンボール箱の製造依頼がくる中、細かい作業を依頼する当社は迷惑がられてしまい、ついには「自社でやってくれ」と製造を断られてしまいました。それを機に自社で機械を持つようになり、倉庫として使用していた場所は徐々に工場となり、ブローカーからメーカーへと転身していきました。
受け継がれた箱屋ならではのクセ
お菓子の箱など変わった形状の箱を見ると必ず分解してしまうんです。父がやっていたように私も幼いころから箱を見れば分解していました。まさに職業病ですね。
今では職場にもそのクセは浸透し、変わった箱を見つけると買ってきては、従業員とみんなで分解しながら設計のノウハウを学んでいます。
最近では、複雑な依頼をカタチにする仕事が乗じて、ダンボールでつくった梱包材の依頼やオフセット屋が今までやっていたような店舗で直接おけるPOPと陳列什器が一緒になったようなものをつくる仕事も増えてきています。複雑な形状を設計できる技術があっても手間が非常にかかりますので他社ではやり
働きやすい、売りやすい環境づくり
たくさんある仕事の中からここで働きたいと来てくれた社員たちに本当に感謝しています。
当たり前のことかもしれませんが、社員のために大切にしていることとして、コミュニケーションをとること。必ず笑顔でニコっとあいさつすることを私からするようにしています。また、全社員に成功体験をさせるようにしています。展示会や企画など、社員に一旦すべてを任せます。報告や相談はもちろん必要ですが、自分で何かをやり遂げることをすることで成功しても失敗しても人は成長します。そういう経験を社員全員にさせたいと思っています。
それは産学連携に参加してくれた学生さんにも同じことが言えます。将来デザイナーを目指している芸大の学生さんには、当社と関わることで「モノづくりって楽しいな」と思ってもらえるような経験をさせたい。
現場に触れて、出来上がる工程を理解したうえでデザインする苦労、自分のデザインしたものが出来上がる喜びや、それを受け入れてもらえた時の喜びを感じてもらいたい。そして将来、仕事に就いた時やふとした時に思い出してくれたら、とても嬉しいですね。
学生さんたちのおかげで社員もよりモノづくりの楽しさを実感してくれている。学生たちが考える奇抜なアイデアやデザインをカタチにするためにがんばることは苦労も多いはずですが、それを楽しんでやってくれています。「なんとしてもカタチにする」という社風が社員全員に根付いてくれているということなんでしょうね。
ホームページを強化することと合わせて営業のやり方やツールも見直し、改善しています。名刺は、先日新しく2つ折りタイプにしました。2つ折りを開いた部分には当社で製造しているさまざまな製品の写真を載せています。営業マンが名刺を渡した瞬間から当社の説明ができるように、また、説明しなくても何をしている会社なのかわかってもらえる名刺をつくりました。
営業スタイルも『説明型営業』から『質問型営業』へシフトチェンジしていきます。
説明はカタログでもできますし、説明から入る営業は相手を構えさせてしまったり、嫌がられて話も聞かずに断られてしまうことが多い。
それを、お客様が本当に困っていることや必要としていることをお聞きすることから始める質問型にすることで、相手が何を求めているのか理解した上で的確な説明や提案ができるようになります。歩み寄れたお客さまからは、必要としていることも引き出しやすいです。お客様が必要としていることを見つけ出して発信してみて、お客様の反応が良ければ、それがお客様の“いるモノ”だと確信にかわります。今後、この営業スタイルを社員全員が気持ちよくできるように、経営者として考えていきたいと思っています。
たがらず、オフセット屋では1000単位のロットからしか発注できないところがほとんどなので、小さなロットからでも仕事を受ける当社のスタイルは、必要な数だけ必要とする今の時代にマッチしているようです。それに伴い、分解グセもさらにエスカレートし、梱包材やディスプレイなどの構造も気になるようになってきてしまいましたよ。
当社の転機
昨年、あることがきっかけで東大阪ブランドの大阪芸術大学との産学連携事業を知り、参加したことが、我が社が変わる1つのきっかけとなりました。初め、我々みたいな小さな会社が参加していいのかと迷いましたが、企業規模は関係なく様々な企業が参加しているというお話を聞き、参加することに決めました。枠にとらわれない学生たちの考えるデザインは、とても多彩で面白く、自由な発想に富んでいて、今まで見たこともつくったこともないデザインを出してきてくれました。それをカタチにすることは非常に困難でしたが、逆にそれが「イメージをなんとしてもカタチにする!」と社員の魂に火を着け、社員の士気も高まっていきました。
そしてなにより、今まで自身で所有することがなかった最終製品を”初めて”持つことができました。
我が社のような零細企業は、営業にかけるマンパワーもあまりないため新規開拓はせず、今までは新規取引先といえば取引先からの紹介のみでやってきました。創業時から一貫して、細かい要望にも応える多品種小ロットの仕事を得意としてきましたが、具体的にそういった取り組みを伝える表現方法はありませんでした。
それが、最終製品ができたことで「なんでもできます」という漠然とした表現ではなく、「こんな複雑なモノまでできますよ」と具体的な事例として実物を目の前に、自分たちができることをPRする営業ができるようになりました。
我が社をアピールする最終製品ができたことで、展示会にも初めて参加できました。複雑な展開図と洗練されたデザインの製品は展示会でも多くの関心を集め、なんと4日間で600人の方と名刺交換することができたんですよ。自社では予想もつかなかったような異業種から「一緒に新しいことをしませんか」と声がかかったり、展示会をきっかけに何件も新しい取引が生まれました。また、この出展をきっかけに社員の新規開拓への恐怖心や嫌な気持ちも無くなっていきました。
これからもお客様の想い描くイメージをカタチにするお手伝いを
これからも、当社をアピールする最終製品はつくり続けていきたいと思っています。しかし、なんでもいいわけじゃない。動物やキャラクターを段ボールで作っても当社では意味が無いんです。出来上がったモノから「美販に頼んだら自分たちのやりたいことを叶えてくれるんじゃないか」と期待されるツールでなければならないと思っています。そして我々は、これからも段ボールケース及び美粧ケースを中心に企画・製造・販売を行うパッケージのトータルプランナーとしてお客様の想い描くイメージをスピーディーにカタチにするお手伝いをしていきたいです。
インタビュー:東田 代表
一切妥協を許さないモノづくりが
世界基準をクリアする。
東大阪でモノづくりをつづけて40年
私は昔からモノづくりが好きで、大学は近畿大学の理工学部に進学し、よく学生の頃からオーディオ機材などをつくって遊んでいました。卒業後もオーディオ関連の仕事に就き、今までのオーディオづくりのノウハウを活かして、我が社のショールームやテストに使用しているスピーカーなどの機材も、すべて自分たちの手でつくっています。
ここ東大阪市ではもう40年以上働いています。約35年前、スクリーンの開発に取り掛かかるようになり、2004年に株式会社イーストンを設立しました。社名は、私の名前「東田」の頭文字をとって(EAST)とNo1(ONE)の企業に成長するように願いを込めて『EASTONE』と名付けました。
スクリーンづくりへの想い
現在、スクリーンを製造する大手メーカーは世界にいくつかありますが、そこでつくられているスクリーンの幕面にはどこも未だに塩ビ素材が使われています。私は、同じスクリーンを製造する企業として、これからの時代を見据えたとき、スクリーンも環境に配慮した非塩ビ素材で製品をつくっていかなければいけないのではと考えました。そこから長年にわたる開発が始まり、遂にリサイクル原料を利用した非塩化ビニールの繊維素材を開発し、幕面に使用した自社オリジナルのスクリーンが完成しました。その功績は、財団法人日本環境協会にも認められ、スクリーン業界では唯一のエコマーク認定を取得しました。今ではいくつかの学校向け教材カタログや雑誌にも『環境配慮型スクリーン』として紹介されるようになり、環境配慮について考える時代が製品に追いついてきたことを実感しています。
自社製品に対する誇り
環境に配慮した製品づくりと両立してこだわりつづけた音と映像美は、スクリーン業界で日本初の「THX認定」というシアターにおける世界的な評価も受けました。
「THX認定」とは、ルーカスフィルム社が提唱した、シアターに関する世界的な品質基準で、スクリーンの認定テストでは、忠実な映像再現性と優れた音響透過性能が求められる厳しいテストをクリアし、映画制作者の意図した映像や音声を忠実に再現することができる製品に対してのみ認定される、いわばシアターに関する世界的基準といえる認定プログラムです。我が社のような中小企業がTHXに認められるようになるまでには、非常に長い年月と苦労がありました。
他部門でTHX認定を受けている日本の企業は大手ばかりでしたし、従業員が5名のこんな少人数でがんばっている小さな企業は、最初まったく相手にしてもらえませんでした。
場所が海外ということもあり、言葉がうまく伝わらないこともありました。しかし、一切の妥協を許さず研究を進め、あらゆる特許を取得し他ではマネすることができない我が社オリジナルのスクリーンは、絶対に認めてもらえる自信がありました。
そして10年以上の本当に長い年月をかけて何度も何度もやり取りや製品の微調整を繰り返し、やっとTHXに製品を認めてもらうことができました。今では他の大手企業を抑え、スクリーンの音響透過性では第1位の評価を受けるまでになっています。おそらくTHX認定をうけているシアター関連企業の中で我が社はもっとも小さな企業ではないでしょうか。
モノづくり企業としての誇り
ハリウッドの映画が誕生したときからスクリーンの歴史は、はじまりました。
大きなスクリーンで素晴らしい音楽と映像を楽しむことは、いつの時代も人々を感動させます。私も音楽と映画が大好きで、今までたくさんの映画を観てきました。語り出すといくらでも時間が足りないくらいですが、中には、心にジーンときて観終わった後も、感動でしばらく立ち上がることができないような映画があります。私たちのモノづくりも、人の心を動かすような感動を与え、世の中を変えるくらいのモノづくりを目指さなければいけないと思います。すでにあるモノをつくるのではなく、自分のところでしかつくれないモノづくりをすることが、時代がどんなに流れても生き続け日本が誇るモノづくりにつながっていくのではないでしょうか。
インタビュー:山野 専務
リスクや負担を恐れずに、
目指すは新たな定番製品。
金属をはじめ多岐に渡る素材の加工技術と斬新なアイデアを活かした自社ブランド製品を提案する㈱山野製作所の山野専務からお話を伺いました。
同社の歴史
当社は昭和38年に創業しました。創業当事は、小学3, 4年生の授業で使った記憶がある方もおられると思いますが、『U字形マグネット』の製造を主な事業としていました。U字型マグネットは、10年ほど前に小学校の授業から理科が無くなり、国内市場は縮小してしまいましたが、当社では現在でも製造をつづけており、主に米国を中心に輸出をしています。オリジナル製品の製造は30年ほど前に開始しました。当初は固定相場制から変動相場制へ移行した影響もあって、取引先は米国が中心であり、売り上げの多くを輸出が占めていました。しかし近年では、取引先がアジア中心に移り変わり、また国内での量販店という店舗形態の出現に後押しされ、新たに国内需要が伸びています。
製品開発は全て自分たちの手で
オリジナル製品は、アイデアはもちろん、製品のデザイン、 説明書、パッケージまですべて自分たちでつくります。扱う素材も鉄、紙、プラスチックと多岐に渡ります。得意としていたプレス加工や線材加工の技術に加え、おもちゃなどの雑貨品の製造を行う中で身についたさまざまな分野の知識により、枠にはまらずに多様な製品を開発することができました。これが、近年の厳しい時代を乗り切ることができた要因ではないかと思います。
現在、オリジナル製品の納入先はホームセンターや
通販などを中心に100社ほどあります。そしてその中の多くの企業が、長年取引を行ってきた実績と信頼関係により、販売中の製品だけでなく開発したばかりの新製品まで積極的に取り扱っていただいています。オリジナル製品は年に1~2個しか開発できませんが、営業専門の人員がいない当社にとって販路があるというのは大きな強みです。
環境負荷低減の製品づくり
最近受注が増えている業務は、農地や畑、高速道路わきや線路わきなど、雑草が生えるのを防ぐために張ったシートを留めるピンの生産です。環境負荷の低減を考慮して、ピンも表面処理をせずに土に戻るようにしています。これからの時代は、環境への負荷をかけずいかにしてモノづくりを行っていくかというのも大切なテーマです。
定番製品を目指して
当社のオリジナル製品の中では、30年ほど前に開発した『型取りゲージ』や15年ほど前に開発した『スプレー缶のガス抜きプライヤー』が現在も変わらず販売されています。両製品とも、市場は小さいながらも確実に需要のある製品です。これら製品は、長い間販売される中で、「工具売り場にはこの製品が置いてある」というイメージが定着し、現在では定番の製品として認識されるようになりました。一時的なヒット製品は、すぐに他社が真似したり海外製の安いものが出回ったりしますが、定番となった製品には、そのようなこともあまりありません。これら製品は、リーマンショックのような未曾有の大不況のときでも10%~20%の売り上げダウンにとどまっています。当社のような比較的規模の小さい企業にとって、こうした定番製品を開発できたことは非常に大きな経験となりました。現在でも、「この製品は定番製品となり得るか」ということを強く意識しながら製品開発を行うようにしています。
これまで世の中になかったものをつくり出すこと
オリジナルというものは世の中にないものですから、一からつくり出すのはなかなか難しいものです。多くの人は一つのアイデアについて深く掘り下げるようですが、私たちは、とにかくいろいろなアイデアを出して、それを消去していく方法で考えます。時には出したアイデア全て不採用、ということもありますが、繰り返し考えていくうちにアイデア同士が結び付き、よりよいアイデアが生まれることもあります。
アイデアが出来上がった後も、試作品完成までが半年ほどかかり、さらにパッケージが完成するまでに一ヵ月ほど掛かります。先行投資も必要ですが、何よりも時間が掛かります。また当社では他社からの発注を受けて部品のみの製造も行っています。オリジナル製品は好きな時につくれますが、発注をいただいている製品はそうはいきませんので、現場で工夫しながら取り組んでいます。
発注があった製品だけをつくっている方がリスクや負担は少なくすむのかもしれません。しかしこれまで世の中になかったものをつくり出すことは、とても楽しく、そしてやりがいがあります。なによりそのようなチャレンジ精神こそ、これまで当社が成長することができた一番の理由にあたると思います。今後も、新たな定番となるオリジナル製品の開発に取り組んでいきたいと思います。
インタビュー :森村 社長
代々、大切にしてきた設計技術をさらに強化し、独自の製品を開発しつづける
デザイン性・施工性・メンテナンス性に優れ、駅舎やホテル等様々な場所に設置されている天井システムパネルを製造される(株)森村金属の森村社長からお話を伺いました。
オンリーワンの製品づくりのきっかけ
我が社は、上下で回転するコマの間を鉄板が通ることで複雑で様々な形に成形される「ロールフォーミング」加工を得意とする会社です。横須賀の米軍基地に使用する天井ジョイントをつくれないかという依頼をきっかけに関西で最初に天井ボードのジョイント部材をつくり始めました。その取引を機に国内に製品が普及し、自社の得意分野を活かし、製品の付加価値を高めていこうと、当時は石膏ボードが主流だった天井ボードを耐久性の高い金属板を使った製品を製造し、販売するようになりました。そこから我が社の独自の商品づくりがスタートしました。
我が社が考案した独自製品は、1つ1つきちんと特許を取得し、守っております。そのおかげでご依頼いただく設計事務所の設計士など、建築関係者のみなさまにはご愛好いただき、業界で「モリソン」というブランド名は定着しています。20年ほど前からは、当社製品の不燃性・安全性・耐久性・デザイン性・ユニット化といった特徴を評価していただき鉄道関係の駅舎の天井パネルにも、それまでのコンクリートに代わる天井パネルとして採用されるようになりました。当社の天井パネルは現場での施工がしやすいことに加え、メンテナンス性にも優れているため、公共施設などの建築にもご好評いただいております。
デザイン性の部分でも、我が社で提案している既存の製品は、非常にデザイン性が高いことはもちろんのこと、それに加え、全ての工程を自社で行っているため、以前には有名な建築家の方が東京の駅を設計される際、照明ラインをパネルの中に埋め込んだ凹凸のないすっきりしたデザインにしたいという細かな要望にもオリジナルの天井パネルをつくり提供させていただいた実績もあります。このようにお客様の様々な要望を可能にしてきた柔軟な対応力が我が社の製品を選択していただくお客様の増加につながっています。
代々設計を大切にしてきました
当社の強みは、得意とするロールフォーミングの加工を金型から設計することができることです。通常は10段からせいぜい20段くらいの金型を組み合わせてロールフォーミングを行うのが主流ですが、当社は30段まで組めるラインを保有し、1枚の鉄板で強度を保ったまま、非常に複雑な形状をつくりだすことができるため、他社が頭を悩ます設計で差が出る製品を次々と産み出しています。当社は、先代が金型を設計できる技術屋でしたので、私もそれを傍で見て教わってきました。今はテクノロジーが進化し、3D技術で以前より簡単に設計ができるようになりましたが、先代が育んできたモノづくりの職人技は、現代の技術力と合わせて習得するよう開発部門の社員には指導しています。
また、一つのラインを、金型を交換することで汎用的に活用し、省スペースの設備で多品種の製品を加工できることでも他社と差別化を図っています。
開発では「できない」という概念を排除
我が社には天井材以外に、もう一つの顔があります。
我が社で販売している多機能補助錠「まもり~の」という製品がその一つです。天井ボード関係とはまったく異なるカテゴリーですが、企業のもうひとつの柱に、生活に身近なものを取り入れたく、「住宅用品類」というジャンルの柱を立てて、社員にアイデアを募りました。「まもり~の」はそこから生まれた製品です。社員からのアイデアで「まもり~の」をつくることを決定しましたが、新たなジャンルの開拓は非常に大変でした。ひとつひとつ課題をつぶし、は私の方針である「できないという言葉は一切使わない」ということを念頭に、ごまかしではない開発を追求してきました。開発者が壁にぶつかったときは、考え方を切り替えるために通常とは異なる体験ができる場所へ行かせるようにしています。「まもり~の」の開発時には、三重県の伊賀上野にある忍者屋敷を見に行かせました。それで実際に課題がひとつ解決したんですよ。このように妥協をしないモノづくりは、きちんと評価として返ってくるもので、新たに立ち上げた「住宅用品類」というジャンルの柱も安定し、今では通販カタログを発行している会社から、次号の掲載ページを確保しておくから新しい製品をつくって掲載してほしいと期待の声までいただけるようになりました。
環境配慮と地域貢献
企業を、製品をつくるのは社員です。ですので、人材の育成には力を入れています。中小企業ではまだ取り入れているところが少なかった5年ほど前から、行動指針のコンピテンシーを策定して取り組んできています。従業員には3年スパンのビジョンを示してもらいその期間の中で、ひとりひとりが1年ごとに何をするのかということの目標を立てさせて管理をしていますので、社員の行動レベルが上がってきています。目標のすり合わせと評価は、社長である私が年3回直接に1人1人個人面談を行い確認しています。50名以上の社員1人1人の思いを真剣に聞くため、毎年3回あるこの時期は、私も10kgほど痩せてしまいますよ。しかし、この取り組みで社員の考えも良くわかります。 今後も会社を支える社員と共に新たな製品開発を行っていくためにもこれからも続けていきたい取組です。
インタビュー :森村金属 株式会社 森村社長、山岡専務
インタビュー :押川 社長
ディスプレイケースから一転、DMツールとしての用途を見出し、脅威の開封率が認められてDM大賞の銅賞を受賞された「ミノルキューブ」を製造される㈱ミノル化学の押川社長にお話を伺いました。
3,000点を超える応募の中から、驚異の開封率を誇るDMとして認められDM大賞の銅賞を受賞。
自社製品でハードとソフトを開発
当社はプラスチック製品の受注生産を主業とする事業からスタートしましたが、徐々に自社製品づくりへと転身を図っていき、2000年に東大阪ブランド認定製品の「ミノルキューブ」を開発しました。「ミノルキューブ」は初め、カタログ業者などのオプションとして、ハンカチなどを入れるプレゼントボックスに使用され、バレンタインや母の日、クリスマスなど、イベント事で需要を伸ばしていきました。しかし、イベント事以外での需要は低く、それ以外に使ってもらえるような次の展開が何かできないものかと用途を模索していました。
そんな時、商品のおまけによく付いている小さなフィギュアを製造するメーカーのこと知り、フィギュアなど飾るショーケースとして利用してもらうのはどうかと、直接話を持ちかけてみました。すると、先方もそのようなケースをちょうど探しており、「ミノルキューブ」の形や強度がぴったりだということで、話はトントン拍子に進み、フィギュアをディスプレイする際に、より臨場感が出るようにフィギュアに合わせて背景写真をケースに付属したりと、中身のソフト開発もあわせて付加価値の高い新たな「ミノルキューブ」が完成しました。そのことがきっかけでフィギュアケースとして広く浸透し、今では東急ハンズのケース売り場で販売されるなど販路も拡大していきました。
目から鱗。必ず見てもらえるDMとしてさらに躍進。
さらにある時、郵便局員の方との出会いがあり、「ミノルキューブ」がダイレクトメールとして使えるという、思っても見なかった用途を提案してもらい、早速試しにDMを「ミノルキューブ」に入れて発送してみると、反応が良く、開封率も非常に高いことがわかりました。2004年には日本郵政公社が主催する全日本ダイレクトメール大賞で3,000点を超える製品の中から開封率の高さが評価され、銅賞を受賞させていただきました。今では花屋などの店舗で「ミノルキューブ」花を入れて大切な人に郵送するなどにも活用され、みなさまに大変ご好評いただいています。
お客様の声は企業ネットワークで反映
用途の幅を広げ、多くの方に使用していただけるようになると、さらにニーズは多様化していきました。使っていただいているお客様からの要望は本当に様々で、こちらが思いつきもしないような用途で使用してくださる方もいて、とても刺激になります。そのようなお客様にもっと喜んでいただけるように、我々も製品の大きさやカラーのバリエーションを増やしたり、香りや光を放つもの、模様をつけたものなど、様々な種類の「ミノルキューブ」を展開しています。また、要望があれば当社で素材選定や商品設計を行い、オリジナルの「ミノルキューブ」をおつくりし、印刷や彫刻なども協力企業と連携体制で加工が行えるよう対応しています。
企業が集積している東大阪市は、こういった様々な要望にすぐに対応できる企業間のネットワークがしっかりしていることが魅力です。当社が多様な製品を少量でつくれるのも、これまでの業務でのつながりや、紹介による企業間のネットワークのおかげです。そのことを大切にこれからもお客様の要望に真摯に対応していきたいと思います。
全ての展開を1枚のマインドマップに落とし込む
当社の製品について、お客様からいただいた要望は、どんな小さな声でも耳を傾けては試作をつくって確かめてきました。そして、それらをマインドマップに落とし込み体系的に表すようにしています。例えば「どこに飾る?」「何を入れる?」「いつ、誰に送る?」「どんな用途?」「販売先はどこか?」といった項目に分類し、答えをその都度追加しています。こうすることで自社の位置づけが整理されるとともに、新たな方向性を見定める羅針盤として活用しています。
地域との調和を目指して
当社では、地球に優しい企業であるために、出荷ダンボールを納品先から返却してもらい、次に出荷する際、再利用させてもらっています。
また、当社は比較的交通量の多い通りに面していることもあり、通行人やドライバーがポイ捨てをよくしていきます。周りは住宅も多いですし、みんなが気持ちよく過ごせる地域であれるように、毎朝まずは会社の周辺を掃除することから1日を始めています。近くにある幼稚園には、通路が狭い周辺に考慮し、園児の安全を考えて、当社の倉庫前を送迎バスの乗降場所としても使ってもらっています。
モノづくり企業としての責務を果たしながら、近隣や地球環境との調和をできることから図っていきたいです。
インタビュー :株式会社 ミノル化学工業 押川 社長
インタビュー:片岡 代表
自らの建築現場経験を活かし、数々の事故と隣り合わせの現場で安全をサポートする製品開発メーカーとなって自社製品を供給するミタカの片岡代表からお話を伺いました。
このまちで育ち、様々な職業経験が色々な角度から物事を考えられる
広い視点と、アイデアを育んでくれた
同社の歴史
私は、ここモノづくりのまち東大阪市で生まれ育ち、若い頃は自動車整備士として働き、その後、建設現場で解体や塗装の仕事を経験。 そして6年前に製造業として創業いたしました。
このまちで育った影響でしょうか、私は若い時からモノづくりが好きで、自動車整備士だった頃もよく整備道具を自分で使いやすいように改良したり、新しい道具なんかを開発しては、周囲をよく驚かしていました。日頃から仕事や生活の中で不便な事柄に着目し、ありとあらゆる製品を見ては、他での利用価値を考えアイデアをカタチにしていきます。
常に頭の中にはアイデアがたくさん溢れ、製造業の仕事に携わっていない時からモノづくりに対する意識は非常に高かったです。
商品化のきっかけ
東大阪ブランドに認定された「かけ丸」という製品も、前職の経験がもとで生まれた製品です。
この製品を開発した当時、私はまだ建設現場で働いていました。建設作業の現場では非常に足場が悪く、不便さを感じていたら同僚の友人が事故にあってしまい、それがきっかけで二度と同じような事故が起きないように製品をつくりました。
使う人の立場に立ったモノづくり
自分がつくる製品は、消費者の立場で安全性を徹底することに努めています。
「かけ丸」は高いところで作業をする際に使用する補助具のため、使う人が不安に思わないように、きちんと関連法規を踏まえた製品開発をしています。
はしご等にひっかける部分は強度を保つための焼き入れ加工を施し、労働基準監督署で労災認定が降りる製品であるかの承認を得て、JQA(日本品質保証機構)で耐荷重の試験を行い、国が定める基準値の100kgに上乗せして140kgまでの重さを検査し、結果を得ています。また、JIS規格のはしごや脚立に全て使用することができるようR形状などをこだわって設計し、製品は折りたたみ式で肩に掛けて両手で昇降できるように持使い勝手にも妥協はしませんでした。
地域に密着したネットワークでつくるモノづくり
幸い、私は東大阪市で生まれ育ち、周囲には同級生も含め製造業に携わる人間が多くいます。生産は地域に昔からいる知り合いの製造業とそのネットワークを使って連携し、目の届く範囲内でやっています。最終検査は自社で1品1品丁寧に行い、発注していただいたお客様の手元に届けています。
こうして地域に密着し、きちんと連携のとれたモノづくりを行ってるおかげで今まで販売した顧客からは1件のクレームも出ていません。その功績から大手卸売業社からはプライベートブランドで製品を出したいという話もありましたが、私はこれからも東大阪市で生まれたブランド製品として自社製品をキチンとしたカタチで世の中に出していきたいという思いが強いため、お断りしています。
これからは、もっとたくさんの人に安全と安心を
2005年に出願した「かけ丸」の特許がこの2011年の2月にやっと取得できました。
今までは、特許が取れていないため大々的なPRは出来ず、自社のホームページから製品紹介を行っているだけでしたが、これからは本格的に営業活動を強化していき、建設業界や看板や空調設備の施工、テレビ局や電力会社や果樹園など法人から一般まで必要とされる方々に幅広く普及していきたいと考えています。
展示会でも出展した際には「なぜ今までこのような製品がなかったのか」「これは便利だ」という評価をいただいていますが、実際に来場者に製品を使用してもらい、いろいろと意見を聞いたり、購入者にアンケートをとり、更なる改良に向け開発しつづけています。重量の改善やスリム化、素材の変更など今後も利用者の視点に立って使いやすい製品づくりを行っていきます。
インタビュー:金城さん
創造性を育みながら、子供が時間を忘れて夢中で遊べる玩具「カーペンターブロック」を製造される?ゴリョウの担当金城さんからお話を伺いました。
おもちゃ屋になりたいという社長の想いが実現させた、発想力と表現力をそのままのカタチにできる玩具
おもちゃ屋になりたいという社長の夢が生んだ新たな製品
当社は、水缶や石油缶など量販店のOEM製品を主力製品として製造するプラスティック成形メーカーですが、東大阪ブランドに認定されている「カーペンターブロック」は、元々社長がおもちゃ屋になりたいという想いからできた製品です。6種類の異なる形から成る、他にはない組み立てパズルブロックは、ピースを組み合わせればどんな発想や表現も形にしていくことができます。子供の想像・発想力は無限大です。枠にとらわれることなく一から自分の思い描く想像の世界をカタチにできる知育玩具は、 おもちゃ屋になりたいという社長の、子供に対する想いがカタチとなった製品です。
従来では表現できなかった形状が実現できる安全な玩具です
当社は、すべて検品を手作業で行い、手間暇かけて製造しています。他の製品との違いは、玩具の安全基準であるSTマークをきちんと取っていること。私も3人の子供をもつ親として、子供の安全は第一です。
ブロックの特徴としては、連結する角度が垂直・水平だけでなく、広角度に繋げることが可能で、従来のブロックではできなかった丸い地球儀などの球体もつくることができることです。6つのピースを使えばどんな形も工夫次第で必ずできるので、子どもたちは夢中になって遊びます。どんな形にも対応するという発想は、玩具業界で話題を呼び、大手玩具販売メーカーも中国の展示会に出展する際、ブースの中で商品を紹介してくれたりもしました。
中国製のブロック商品はたしかに安価ではありますが、品質や色が十分ではなく、子供の遊び方ではすぐにはずれてしまったり、壊れたりしてしまいます。当社の製品の利用者からは、少し値段は高いものの、長く安心して子供に使わせることができると感謝の声を多くいただきます。子供へのプレゼントなどにも喜ばれ、百貨店や大型総合店からネット販売会社まで、商品として取り扱いたいという声などもいただいています。
機能面以外に素材感にもこだわって
パズルブロックは手にとって立体的に組み合わせて使っていくものですから、さわった感触のよさや組みはずしが簡単にできること、丸い形を含めて制限なく立体が出来上がることなど、素材や機能面は非常にこだわりました。つくった形をこわさずにやわらかさを追求するという、相反する命題を可能な限り克服させています。また、後続品として、こどもが楽しんでくれるように、丸いタイヤをつくれるブロックもニューバージョンの形として販売しています。
子供は、本当に物事に対してやわらかい発想力や表現力を持っていますから、当社で発行しているパンフレットで紹介している動物や花、アクセサリーやオブジェも実は私の子供たちが考えたものなんです。子供たちは私たち大人には想像もつかないようなあっと驚く作品を見せてくれます。そういった子供の目線を大切にしたモノをづくりを続けていきたいですね。
子供から大人まで夢中になれる玩具へ
15年ほど前、JR西日本の企画で山陽新幹線「ひかり」に子供サロンをつくる計画がありました。新聞でそのことを知り、イチかバチかJRへ商品を持って行ったところ、採用となり子供サロンではカーペンターブロックで子供たちが夢中に遊び退屈しないで帰郷することができたと企画を大成功で収めることができました。
カーペンターブロックで遊ぶ人は子供だけではありません。当社には、こんな形ができましたと全国から作品やお便りがたびたび寄せられますが、ひな祭りのお内裏様とお雛様やサンタクロースとトナカイなど、季節の催し等にちなんだ作品も多くあり、芸術作品のように、平面で富士山をつくっている人もいて、大変楽ませていただいています。子供を夢中にさせる玩具は、大人も、男女や年齢も関係なく夢中になれるということですね。
その商品価値はグッドトイ委員会でも認められ、グッドトイ2002年にも選出されました。
これからも子供から大人まで年齢や発想の枠にとらわれることなく多くの方にカーペンターブロックを楽しんでもらい、いろいろ表現していって欲しいですね。
インタビュー:西村 社長
時代の流れを見据えて求められる製品、また、使いやすい自社製品を製造している?西敬の西村社長からお話を伺いました。
文具で培った商品開発ノウハウが、
時流を見据えた新たな製品を生み出していく。
「文具の進歩と調和」を掲げる イカリボシブランド
当社は、祖父が「文具の進歩と調和」を掲げ、文具卸として大阪市で創業しました。そして昭和62年から受発注と倉庫機能を東大阪市に置き、徐々に下敷きや透明シート、定規など文具販売の幅を広げ、「イカリボシブランド」として世間では広く知られるようになりました。現在では、多くの様々な商品を扱っておりますので、名前を上げるとキリが無いですが、身近でわかりやすいところで例をあげると、試験対策等で学生がよく単語を記憶するために持ち歩く、赤い下敷きや太陽観測用の黒い下敷きなどは、当社の製品です。
時流を見据えた製品づくり
当社には、アイデア商品が数多くありますが、東大阪ブランド認定製品である「マイティクリップ」もその一つです。厚手の生地の服などに固定することができる分離型のクリップ製品として、今から12年ほど前に開発しました。クリップの素材はヘルメット等にも使用されるポリカーボネートを使用し、強度が高く当時は海外でよく使用されていました。時代は企業で名札を付けることが一般化しだした過渡期に入り、女性の社会進出や、個人のID化を図っていく目的で、マイティクリップは他と違って便利な点で評価が高く、広く普及していきました。
企画開発は顧客情報を有する者全員で
マイティクリップは、私が商品開発室にいた頃に企画しましたが、商品の企画はお客様の声に注意深く耳を傾けて、求めているものを模索し、素早く対応していかなければなりません。そのため、営業を兼任している者も含め、商品開発は社内全体で協力して行っています。完成した商品は、いかにして一流の問屋のカタログに載るかが売り上げを左右する大きな要素です。発行部数の多いカタログに集中して掲載されるよう常に時代のニーズを読み取った商品の提供を心がけています。
小学生の登下校の安全を考えて
当社は、学童向けの商品にも力を入れています。近年、特にヒットした商品の中に、「キッズターナブル名札」という商品があります。キッズターナブル名札は、安全ピンを外さずに、必要な時に応じて名札部分を裏返すことで氏名や学校名を隠すことができる商品です。防犯意識の高い現代に、全国の小学校で注目を浴び、累計百万個を超すヒット商品となっています。この商品のもともとは、ある得意先のスーパーから「従業員が1日4回くらい休憩に入る際に、いちいち名札をはずすのが手間だ」という要望があったことがきっかけで、「それなら名札をはずさないで回転させて見えなくする商品をつくろう」と事務用タッグ名札(ターナブル名札)を開発したのが始まりでした。そしてその事務用に販売していた「ターナブル名札」が、時代の流れの中でニーズやターゲットを変え、新しく「キッズターナブル名札」として生まれ変わり、またヒットすることとなりました。
当社の幅広いラインナップは、ロングラン商品から、そういった時代の流れを経て違うニーズで再びヒットする商品まで数多く取り揃え、常に時代のニーズを読み取って柔軟に対応する姿勢が企業の力となっていると感じています。
新たなマーケティングツールの活用を検討
2010年の11月頃からはアリババドットコムというサイトを活用し、海外へ市場を拡大しています。特に中国製品は日本製の1/7〜1/8の価格ですので、当社では、主要な部分を日本で製造することで実現している、「高い性能」をサイトでは強調し紹介しています。また、また、私はツイッターやフェイスブックも利用していますが、今までつながっていなかった人とつながりがもてるということですので、コミュニティ型のWebサイトをマーケティングツールとして活用していきたいと考えているところです。
今後もそういった取り組みを積極的に行い、時代のニーズをいち早くキャッチして、また新たな展開を仕掛けていきたいです。
インタビュー:仁張社長、仁張常務
顧客の別注ニーズへの対応にこだわる姿勢、現状に踏みとどまらない改善に向けた挑戦心、経営的観点から会社を考える先進的な取組みなど、常に先を行く(株)仁張工作所の仁張社長、仁張常務からお話を伺いました。
高度な要望にも即座に対応できる自社の強みは、
図面づくりから完成品まで自社で担う一貫生産体制と企業間ネットワークによる連携体制 。
モノづくりへのこだわり
元々創業者の現会長が金庫メーカーの設計をしており、そこから独立し、設計を中心として板金加工技術を磨いてきました。そして図面づくりから一貫生産で完成品まで製造できる、確立された品質保証体制が強みの今の仁張工作所があります。それを支えている最大の要因は社員の技術力ですが、瞬時の需要に対応できる地域企業間のネットワークの強さも、幅広い業務や分野にチャレンジ自社の強みのひとつです。
近年の仕事はこれまでとは違い、高度な対応力が求められています。例えば短納期で大量な業務など。そんな要望にうまく対応できるかが今後の製造業の生き残りのポイントだと感じています。 東大阪市は中小企業が集積していますから、協力工場を活用することで、さまざまな要望に柔軟に対応することができる環境が整っています。当社は設立から自社設計を土台に板金加工で成功してきましたので、自社で図面を正確に書き、協力工場はデータを渡せばそのまま加工に入れます。地域で仕事をしていくには、協力工場と うまく連携していく仕組みとセットで考えて対 応を図っています。これからは、地域全体でモノづくりをしていくことがモノづくりのスタイルになると思います。
当社の強みや経営ビジョンを一度見てください
多品種なモノづくりを行うためには、特に営業力が必要です。当社では、財務諸表には現れてこない自社で保有している知的資産を把握して、経営ビジョンを内外に表明し、金融機関や顧客、協力会社や従業員など会社経営で欠かせない人達に当社の理解を深めてもらうための知的資産経営報告書を作成しています。これにより、以前にも増して当社の魅力や強みを正しく評価してもらうことができています。このような取り組みは、改めて自社を見つめ直し、強みを再認識することができ、地域でモノづくりを行うスタイルを構築していくことを始め、モノづくり企業が自社の価値を再認識するためにもとても大切なことだと感じています。
板金の仕事はなくなるとは思いません
当社で携わってきた業務は、時代と共に変化していますが、減っていく仕事ばかりではなく、世の中に新しい製品やシステムができることで新たに発生する仕事もあります。例えば、セルフのガソリンスタンドができれば、お金を入れる什器が必要となり、高速道路にETCシステムが導入されれば、新たな機器が必要となります。新しい時代には新しい需要が必ず生まれているんです。
新しいニーズをキャッチするためにもホームページやカタログなどの情報発信は有効なツールとして認識しています。最近ではホームページをきっかけとして新たな分野の仕事が入ってくることも多く、柔軟な対応力である強みを生かし、幅のある仕事をしていくことで、今後も新たなモノをつくる仕事が当社に声がかかるよう間口を広げて取り組んでいます。
新たな成長分野にも業務を拡大したい
環境、防災、介護など、社会的課題のある分野にはチャンスがあります。既に対応している分野もありますが、直接参入していくのは難しい分野でも、各分野で使用される製品の板金部分を中心に、そのような製品分野に対応していることをうまく紹介していくことで、さらに需要を喚起し、これからも当社の強みを活かしたこだわりのものづくりにチャレンジしていきたいです。